2015年05月02日

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最速の男。アイルトンセナ。 いつもこの季節になると、思うこと。 



Senna / StuSeeger


 5月1日といえば、F1ドライバー、
アイルトンセナの命日。


Ayrton Senna / kemeko1971


 ブラジルで生まれた英雄。3度の世界チャンピオンに輝いた、ドライバー。
今日は、F1ドライバー セナの亡くなった頃を振り返ってみます。


■ セナが亡くなる年。 F1の状況 


 セナの亡くなった時期は、フォーミュラマシンが、レギュレーションに翻弄されて危険になっていた頃。
常勝チームが存在するため、規制をかける、そして安全性が下がる、というF1が持つジレンマです。

 セナは、マクラーレンから、ウイリアムズに移ります。

 しかし、1994年は、ちょうどエンジン部分に大きな変化がないのに、制御系が押さえられた。
 電子制御に規制がかけられ、アクティブサスや、トラクションコントロール、ABSが禁止。
セナが移籍したウィリアムズチームのマシンは、得意としていた電子制御を禁止され非常に危険なマシンになっていました。

 そして、サンマリノ。
 危険なコース。運営の不備。操作が困難なマシンでのドライブ。加えて、マンセル用に作られた操作系を無理にセナ用に改造した。 
パワーステアリングの不具合。 危険な要素が見え隠れしています。

セナが事故の数日前に、タンブレロコーナーの問題をレース場の責任者に指摘していた、といわれる映像もネットで見かけます。


■ 英雄が死んだ日


1994年 第3戦。 サンマリノGP。 

セナが亡くなったイモラサーキットでは、事故が多発。
仲良しのバリチェロの大クラッシュ。ローランド・ラッツェンバーガーも死亡。F1本戦で12年ぶりの事故死が起きています。

 そして、決勝レース開始直後のクラッシュ。 観客席まで部品が飛び散る事故でした。

 波乱の状況にも見えますが
急激なマシンレギュレーションの変化と、車のバランスの悪さ、サーキット運営のレベルの低さ、興業の都合による、歪みが吹き出していたのです。 
 深刻な事故が発生しても、レース自体に規制や制限。中断をかけたり、原因を取り除く、予防処置が無いため、何度も事故が起きます。 
悪夢のような状況です。

 レースを一旦中断しコースをクリアにするべき状況ですが、ペースカーの導入でレースは続行されます。

 その結果。 超高速コーナーである、「タンブレロコーナー」で、300キロを超える速度から、セナのマシンは直進し、コースアウト。
時速200キロほどまで減速させますがクラッシュ。
悲惨なことに、飛び散ったパーツが頭部を刺した、と言われています。セナの死亡事故が起きました。

 TVでは、F1解説の今宮さんが、泣きながら訃報を伝えています。

「こういう事実から、それでも、モータースポーツは続いていく・・・ F1は続いていく」


■ なぜ、セナは帰ってこれなかったのか


 当時は、私はF1を録画していて、
セナが亡くなった日のレースも、しばらく保存していました。

 当時の追悼番組を見ると、部品の散乱や、「決勝スタート直後の事故でもレースが中断されず、
ペースカーが入った事で、タイヤ圧が下がり、ボトミングしやすくなっていたとドライバーが語っている」と、現場から解説されています。

 セナの映画「音速の彼方に」では、タイヤ圧が下がった、パワステの故障の可能性、ステアリングギアの故障が上げられています。
死因としては、事故の衝突時のダメージよりも、致命傷となったのは、サスペンションアームによる頭部のキズだったようです。
 
 原因は、色々語られていますが、真実は今だ分からない。
 
 ただ、私が当時感じたのは、ショーのために、むやみに、極端にレギュレーションを改定する。
1994年の場合は、今まで使われていた電子制御系がいきなり規定で押さえられ、神経質なマシンとなっていた。

 それでも300k/mを超えて走らなければいけない世界。  
しかし、あまりに過激になったマシンと、コースの運営が対応できない。

 押さえるべき状況でも、セナはいつものように、トップを走ろうとした。

セナ自身にもミスはあるだろうけど、レギュレーションの変化と、やはりレース運営のまずさに”殺された”印象を受けました。


 F1のトップドライバーでブラジル国民の英雄。
もし、明確な責任問題が発生し、賠償問題が発生すれば、莫大な金額になるでしょう。

 だれもが恐れ、進んで責任を取ろうとしません。
セナほどの人物でありながら、事故後、明快な原因が報道されることはありませんでした。



■ 閉まったドア

 
 当時の追悼番組で、中嶋悟さんが言っている、
「 マシン設計者は、スタートしてゴールに辿りつけばいいように作る、ドライバーもレースが終わったら立ち上がれなくなってもいい。
その集中が、(セナの事故では)一点に集まったのではないか」と語られています。

 セナは、 常人では超えられない、限界を超える領域へのドアを開け、自由に出入りできるドライバーだった。タイムアタックの最終で、いつもそのドアを開け、最速ラップをたたき出す。ポールポジションをとってきた。いつも、ギリギリを走るセナ。そうやって世界チャンピオンを何度も取った。

しかし、サンマリノGPでは、ついに破綻が起きた。
 
 プロストが居なくなり、追う立場から、追われる立場へ。
既にベテランとなり、セナはもう規範となる立場にいる。 負けるわけにはいかない。

 シューマッハに追われる中で、序盤で差を付けたい。いきなりの限界走行。コース不備や、マシンの不具合。
中嶋さんのいう、集中が起こった時、ついに、セナが出入りしてきたドアが開かなくなった。

 セナが帰ってこれない日が来てしまった。



■ それでも、ショーは続いていく


 世界最速の男が死んでも、続いていく。
プロの世界だから分かるけれども、世界一の男が不可解な死を迎えても、F1サーカスは続いていく。

 当時、マンセルやプロストのように魅力ある人物、シューマッハのように速い人もいたけれど、
やはり、今思えば、私の中で「アイルトンがナンバー1」。

 セナは、ヒーローでした。欧州封建ともいえる古い体質や、F1文化。 欧州圏のドライバーとの事故やトラブルで、セナに不利な裁定が下される中で闘いを挑む部分も
アジアに住んでいる私たちには魅力がありました。


 しかし、セナは居なくなった。

 セナが亡くなったレースで、事故が多発していても上手く裁けずにいて、
セナの事故でも救急活動が遅々として進まずいたことで、強い不快感を覚えました。
 
結局、F1は最速だ、ロマンだドラマだ、自動車の実験場だと格好いいこといっても、本髄は金儲けのためのショー。 ヨーロッパ主体で、運営で金が稼げ、視聴率が稼げればいい。自動車会社もPRになればいい。

 そして、もはや日本のエンジンも、魅力あるドライバーも消え、もう接点が無い。
F1に魅力を感じるのが難しい。なにより、ドライバーや、観客に死亡やけが人が出る事故が起きても、
一旦中止せず、そのまま続ける幼稚さに私は、冷めてしまい、F1を見るのは減っていきました。


 日本では、1991年からのバブル崩壊。景気減退が重なり、F1からホンダが撤退したのもありますが、
94年にセナが死んだことは、大きな影響を与え、F1人気はしぼんでいきます。



■ 高い人気を持ち、今なお輝き続けるドライバー


 今でも時々、セナがF1をドライブする映像を見るのですが、
独特のスロットルワーク、巧みなマシンコントロールに圧倒されます。

 そして、激しいドライブを見せても、人間は冷徹ではない。
セナが遺した写真やインタビューでは、クールでも、場面を見極め優しく振る舞い、憎めない愛嬌のある感じを受けます。

 時々見せる笑顔が魅力でした。

 現実に、仮定は禁物だと言うけれど、英雄がいることを想像することは、悪くない。
新型のスポーツカーが出てもイマイチ感動しないのは、そこにドラマや情熱が無い。英雄がいないから。
ホンダがF1に戻ってきても、なにか、心が動かされない。

 最速の時期に、かげりを見せず、有る日突然に、消えていったセナは
いまなお、多くの人の中で輝き続けています。

 「セナが居たら、セナのような英雄がいたら」
今のF1や、スポーツカーはどうなるのかなぁ。 この時期が来ると思います。



■ 参考

「アイルトンセナ 音速の彼方へ」
 フジテレビ 特別追悼番組


posted by あい at 03:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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